12月 月初の挨拶(^^♪
- 2022年12月6日 update
- カテゴリー:ごあいさつ
最近「引きこもりの会」というものに参加させて頂いております。お寺にご相談に来られるご家族の方々と向き合う中、聞き取る力の必要性を実感しお願いをして参加させて頂いております。 全国には40歳~60歳で60万人を越え、20代、30代を合わせますと100万人を越える人達が社会との接点を持てず苦しんでいるのだそうです。
そう言った方の中には「親からの意見や期待が重くのしかかり、且つそれに応えたいけれども応えられない自分を責めている。」という方もあるのだとか。自責の念が少しずつ自分を追い詰め、家族は勿論、他人との関係にストレスを感じていくのでしょう。また、親の側も色々と手立てを講じはしますがその効果も見えず疲れ果てていると言った状況が伺えます。
仏教の教えに、、、「み仏は私達全ての親である」とあります。
少し荒っぽい表現になってしまいますが「この世で縁を結んだ親子はたまたまのつながり。み仏と私達は本当のつながりでの親子」と取れるかと思います。
実の産みの親も「親」と表現しますが、それとは次元を異にして、もっと大きな生きる上での自然の導きが既に私達はみ仏という本当の親に導かれているという事です。私達は日々、頭をひねって様々な手段を用い、小手先の方法を使ってより楽により楽しく、何とかして苦しまないよう生きようとします。それでも思い通りに行くことは少なく悩み苦しんでおります。 そんな中、時に上手くいって楽になったり、楽しい事が続いてたりもしますがそれも一時のこと。その逆もまたあります。しかし、長い目で見ればその苦しみは成功だったりします。つまりみ仏の大きな目で見れば私達の生きている人生はそれなりに上手く導いて頂いているのだ、ということです。あれこれその場その場では上手く行ったり、失敗したりしているようでも全ては自分にとって大切な時間であり、良い流れに本当の親は導いてくださっているのです。
引きこもりの家族関係に色々と術を使って上手くいかせようとしてもなかなか思うようにはいかないとき、私達は将来の行く末を親であるみ仏に任せ、悩み考える場から距離を置くことも必要だ、と取ることが出来るのではないでしょうか。そういったご家族の中では親も子もどちらも本当に疲れておられる場合が少なくありません。そんな時、少しお互いが距離をとって、時に相手の事を忘れても良いのです。その方が自然に考えることが出来、長い目で見ればよい方に導いて頂いているという事もあります。
どうすべきか…どうしておけばベストの人生なのか…など私達には予想もつきません。期待を掛けたり意見をするのではなく、成り行きに任せることなのです。自分の子どもと思い込み、自分の物にして思い通りにしようとせず、南無妙法蓮華経と唱えて導きを信じお任せをする。人生は修行です! 合掌
「お寺のワークショップで制作したお正月リース」